Our Flawless
私がこのブログを放置しにかかっていたとき、読んで下さっていた方に、書くと約束したエントリーが一つだけあります。
2007年の5月に私はそれを書きました。
本当はまだ早いなということはわかっていたのですが、私はこれ以上タイガースの試合を今までと同じ熱心さで観ることはないだろうと感じていたし、(左)のエントリーというのは頭だけで書いているものではないので(私の場合は)、そのただ中にいるうちに下書きだけでもしておこうと考えたのです。

それから実に3年上の時間が経過し、私はその間にすっかりタイガースから距離を置くようになって、しかも私が記事をアップするとお約束した相手も既にブログを閉じられてしまい、それから連絡をとってもいません。
でも私は「そのとき」が来たらアップするつもりで、ずっとこのWordのファイルをバックアップし続けてきました。
3年も経つとはね!

そしてとうとう「そのとき」が来たということで、2007年に書いた原稿をそのままアップするという暴挙に出ようとしています。
あれから色々あったわけですので、本来なら原稿にも手を入れるべきなのでしょうが、私はやっぱり自分で見たものしか書きたくないので、改変はしないことにします。
選手登録名も当時のままにしておきます。
このブログの値打ちはいまや、時が止まっていることですので(笑)




以下、2007年5月に縁あってharunoyが書いた文章です。
もうお話しすることもなくなってしまったけれど、うなぎ先輩と、地下ベイベさん、そしてchizzntさんへ。


*****

あなたがタイガースファンだとして、きっと何人かはお気に入りの選手がいると思う。
私は井川が好きで、彼が試合に出ていれば井川のことばかり目で追っていた。
あなたもきっとお気に入りの誰かに同じことをしていたはずだ。
しかし実は私が一番長く見つめていたのは井川ではない。そしてそれはあなたも同様なのだ。
例えそのお気に入りがフルイニング出場を続ける金本だったとしても。

TVカメラを通して試合を観戦する多くのファンは、その試合の半分近い時間、実際には矢野を見ている。バックスクリーン横に設置されたセンターカメラを通して、ベンチの横のカメラ越しに、そしてバックネット裏から。

わざわざ審判に顔を向けてボールを受け取る律儀な姿
ワンバンしたボールに何か言い聞かせるように熱心にこねる姿
少し長めに作ってあるマスクの顎に指をかけて俯きながら葛藤する姿
キャッチャーボックスの土にそっと右手を乗せ短く祈る姿
構えたミットの色
大きくて真っ黒のリストバンド
塁審にスウィングをアピールする剣幕
キャッチャーフライに立ち上がって勢いよくむしり取ったマスクを、落下点に入ってからおもむろに投げ捨てる動作
せっかく試合を中断しマウンドへ行ったのにすぐに帰ってくる、あの間
ボールのコールが気に食わないと全身で表現する姿
両膝をついて、スタンドに飛んでいったボールを目で追う、あの取り残されたような姿
何があっても、どんなことがあっても、何度でも、マスクを被りなおす後姿

これを読んでいるあなたは、全部を今目の前で起こっているように思い出せるはず。
それこそが、彼が正捕手であった証です。

だから、どうかそれを忘れないでいて欲しい。
彼がもたらした真に大切なものは、記録には残らない。記憶にしか残らないのだ。



私はあけても暮れても投手が好きなので、矢野は丁度わが子の担任のようなポジションだ。はっきりいって思いつきで文句を言おうと思ったらいくらでも言える。
でも私は彼が目指しているものが何なのかということをあるとき一方的に推測し、それに思い至った時、全てを信じてみようと勝手に決めた。
『自分で考える投手』でなければダメだ、と矢野はいつも言う。『サインに首を振って何を投げるか決めろ』と。
それは責任転嫁なのではないかという声は当然あるのだろうが、私はまったく逆のことを思った。
もし全ての投手がそうなったとしら、そのときキャッチャーに何の価値が残るのか。
あなたは自分の手柄がどんどん小さくなる道を自らが指し示していることを解っているのか、と。
もちろん解っていないはずがない。
矢野はそういうキャッチャーだ、というのが私の結論だ。

彼には沢山の口癖がある。
その中ではあまり有名ではないが、投手が抑えたことを彼は「○○が抑えた」と言い、同じ台詞の中で、抑えられなかったことを「自分たちが点を取られた」と言う。
あまりに自然に言うので聞き流してしまいそうになるが、確かにいつもそう言う。
きっと本当に心からそう思っているんだろう。
彼はなんでもない雑談は上手だが、意図した方向に相手の考えを誘導するような言葉は苦手な方だ。
イチローみたいな含みのある「台詞」には縁がない。
だからこそ、その一言に参ってしまう。

いつだったか解説者が言った。
「矢野は古田タイプでも城島タイプでもない、あれはあれで新しいタイプのキャッチャーだ」と。
そう思う。若いキャッチャーはあんなのを目指したらダメだ。なろうと思ってなれるものではない。
矢野は、いつの時代も決して本流ではありえない阪神タイガースというヘンテコ集団にふさわしい、突然変異のようなキャッチャーだ。
頼りになるようなならないような、硬いような柔らかいような、賢いようなどんくさいような。
効いているのかいないのかよくわからない補助魔法のような彼の仕事。
しかし、実際問題あそこにい続けたのは矢野なのだ。
「阪神タイガース」は彼がいなくてもなんとかやって行くだろう。
なぜなら彼がそうなるようにせっせと仕込んできたからだ。
…などという、なんともあやふやな話を信じてもいいかな、と思わせる不思議な力が彼にはある。

私たちには沢山の大事な思い出がある。
あのときの能見は神がかってたとか、球児が一番凄かったのはあの試合だとか、久保田が本気出せばあんなもんだとか、井川はたまに本当に凄かったんだとか。
DVDに納めて、ブログにも書いて、今でも何度となく語ってしまう大事なシーン。
そして思い出しただけでお腹が痛くなるようなシーンも。
矢野にとって、それらはリアルな記憶だ。
彼は、時々信じがたくなるのだが、それらを全て自分で体験している。
そんな人間は世界中でたった一人だけだ。
彼の中にのみ蓄積している、沢山の動画。ボールを投げた本人すら知らない、唯一の記憶。コピーはない。

矢野輝弘は自分の全てを投げ出した見返りとして、気が遠くなるほどに価値のある膨大な記憶を手にいれ、そしてそれを独り占めしたまま静かにグラウンドを去ろうとしている。
ちょっと待って、そのお宝持っていっちゃうの、と阪神ファンなら誰でも思うだろう。
しかし、それをそっくり預けるに足る人間を、我々は他に知っているだろうか。


harunoy

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by harunok | 2010-09-05 10:28 | タイガース
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